「描く」が生み出す“楽しみあえるつながり”をつくりたい【創造的関係性をつくりだす「グラフィックカタリスト」プロジェクト(1)】
こちらは2017年6月に「あしたのコミュニティーラボ」に掲載された記事を再掲載したものです。
言葉だけでは伝わらなかったのに、試しに簡単に絵を描いてみたら伝わった――。そんな経験を持つ人は多いのではないでしょうか。その経験を多くの人に広め、そこにいる人々が楽しみあう空間をつくりだしたい。そんな課題意識から、2017年4月にスタートしたのが「グラフィックカタリスト・ビオトープ」(GCB)の活動です。
その目的はずばり「誰もが当たり前に想いや願いを表現できる社会の実現」。富士通のさまざまな職種に就く12名のメンバーが触媒(=カタリスト)となり、富士通内外のフィールドで創造的関係性をはぐくむためのスキルを広めていくといいます。今回はプロジェクトの第1弾として、GCB誕生に至る経緯、プロジェクトにかける思いを3名のメンバーにうかがいました。
グラフィックカタリスト・ビオトープができること
「かいてつたえる、かいてはぐくむ」――それがグラフィックカタリスト・ビオトープ(以下、GCB)のキーメッセージです。
SNSやブログなど、気軽に情報発信できる現代。写真や動画など、その表現方法も増えているものの、コミュニケーションは言葉が中心です。しかし「言葉だけのコミュニケーションでは、本質的な部分が伝わりきらない」と、GCBメンバー・タムラカイさん(通称・タムカイ)は話します。
GCBメンバーで、水玉模様の服がトレードマークのタムラカイさん。『ラクガキノート術』『アイデアがどんどん生まれる ラクガキノート術 実践編』などの著作も持つ
「対面で会話するにしても同じこと。情報を交わす機会が増えるほどに情報のロス(損失)も大きくなり、言葉だけじゃ伝わりきらない部分がどうしても生じてしまうものです。頭のなかの“もやっ”とした部分、あるいは、言葉で表すことのできないニュアンスを伝える方法の1つとして、僕らは“(絵を)描くこと”がとても有効だと考えています」(タムカイさん)
GCB公式ホームページには、活動のビジョンがこう記されています。
私たちグラフィックカタリストはみなさんの大切なお話しを聴きながら、「描くこと」を通して想いと願いを「見える化」し、創造的関係性~たのしみあえるつながり~をはぐくむ触媒となります。
大きなイベントでのグラフィックレコーディングだけでなく、日々の会議でプロセスや課題を見える化したり、 一人一人がより「私らしく」生きるためのグラフィックメソッドをお伝えすることも私たちの役割です。
「描く」といってもその手法は多様。イベントや講演をグラフィック表現で記録する手法である「グラフィックレコーディング」(通称・グラレコ)は、近頃さまざまなシーンで活用されるようになってきました。さらにグラフィックレコーディングを行いながら、参加者の対話を促進する手法として「グラフィックファシリテーション」にも注目が集まっています。GCBのメンバーはこれらの手法を使い、「場の対話」を促していく役割として、さまざまな場で活動しています。
そして、タムカイさんが独自に考案したメソッド「エモグラフィ」を用いた講座は、多くの人に絵を描く楽しさを思い出させ、想いを伝え合うきっかけになっています。
エモグラフィ講座では表情を100通り書くことを覚えた後、思い思いの表情から生まれる感情やアイデアをヒントに、新たな発想を導き出します ※次回記事では、誰でも簡単にできるエモグラフィ講座を特別公開します。
「たとえばグラレコを見て、やってみたい!という人がいても、できるようになるにはどうしたらいいかと聞かれたら、“できるようになるまで練習するしかない”としか回答できない場面を幾度か見てきました。しかし、エモグラフィ講座を入り口にしてもらうことで、まずはここからスタートしてみましょうというものを示すことができるようになります。周りの人々とともに楽しむことができるものや関係性、つまり“楽しみあえるつながり”がないと、新しいものは生まれない。エモグラを通じて “上手に”ということ以上に“楽しく”絵を描いてもらいたい――そうして個々人のレベルから最初の一歩を踏み出してもらいたいです」(タムカイさん)
講座受講者もその効果を感じ取っているようです。
富士通フォーラム2017で開催されたエモグラ特別講座を受講した機械メーカー勤務の技術系社員は次のように話します。
「私たち技術系の人間は、技術における次なるシーズが何なのか――そんなことを常々研究し、新しい製品を開発してきました。しかし、それでは何が必要なのか(What)や、なぜ必要なのか(Why)の部分がおざなりになってしまう。将来解決したい社会課題などが端緒になって、そこに我々が将来どうしていきたいのか――そんな意思、思いがあってはじめて「技術」が出てくるべきだと思います。しかしそうは思っていても、どうしたらよいのか、その方法はわかっていなかった。人の課題を引き出すエモグラのような手法・考え方は、頭のなかのもやもやした思いを晴らしてくれたし、自分のなかでとても腹落ちするものでした」
上司と部下がわかり合えない? 人材開発の悩みが発端に
そもそもなぜ富士通グループの社内から、GCBが発足したのか。そこにはこんな出会いがありました。
GCBメンバーの1人、小針美紀さんはもともと富士通グループのシステムエンジニアでした。あるとき社内全体の人材開発に携わりたいと思い、人材開発部門に異動。現在は人材開発部門で、若手の研修・育成に注力しています。しかし「日々社員の方と会話していると、自分や仕事のことにおいて、“もっと伝えたいことがあるんじゃないか”、と思うケースが多い。それは若手にかぎらず彼らの先輩や上司にも同じことが言え、両者がなかなかわかり合えないケースに何度も遭遇し」、解決策を探していたと言います。
メンバーの小針美紀さん(右)。写真はGCBメンバーで企画運営した、富士通フォーラム2017での一幕
日々のメールにしても、社内での対面でのコミュニケーションにしても、多くは部下の側に心理的な障壁がたちはだかります。「しかし互いが絵に描いて伝えあえば、言葉の情報だけのときよりもずっと伝えることができ、わかりあえるのではないか。さらに、これまでとは異なるコミュニケーションによって、両者の心の負荷を下げられると思いました」。
こうして小針さんは、自らの実践のもとグラレコを披露したり、グラフィックファシリテーションの啓発に努めたりするようになっていきました。
一方、タムカイさんはデザイナーとして富士通デザインに勤める傍ら、「タムカイズム」ではブロガー、人生をたのしくするラクガキ力講座「ハッピーラクガキライフ」ではラクガキコーチなど、極めて“私的”な活動を展開していました。これらを所属先である富士通の名前を一切表に出すことなく続けてきたのですが、2015年末頃から「せっかくならば、これを会社で役立てられないか、さらに踏み込んで自分の活動に会社を利用することもできるのでは」と考えるようになり、社内イベントでたびたびグラレコを披露する機会に恵まれました。
そんななか、たまたま社内イベントで小針さんと知り合います。
単にレコーダー(記録係)にとどまることなく、絵で表現することの可能性をもっと追求していきたい――問題意識に重なる部分が多かった2人は、たびたび意見交換する機会に恵まれ、触媒=catalyst(カタリスト)を冠した「グラフィックカタリスト」という肩書きにたどり着きます。
改めて社内を見渡すと、それまで潜在化していた同志も随所で現れ、メンバーのバリエーションも活動の幅も広がっていきました。それらのつながりは、小針さん曰く「いつのまにかふわっと、そしてゆるやかに、有機的に」つながっていき、そこに導かれるがごとくGCBが誕生していったといいます。
「自分にはこれしかないから・・・」と閉じるのではなく、自分という“器”をつかう
そんな新メンバーの1人が富士通デザインに入社したばかりの松本花澄さんです。
「もともと“えほんやく”(絵本のような翻訳)と称して、セミナーや勉強会の内容を絵に翻訳し、わかりやすく伝える活動を自主的に行っていました。えほんやくは当時の業務が発端です。文字ばかりの提案書をお客様に出してもなかなか伝わらず困っていたのですが、絵なら伝わるのでは?と絵にしたものを持参したら、それがとてもわかりやすいと言 われて。伝えようとしている本質は変わらないのに、絵で描くだけでこんなに伝わる――、そう実感したことが活動につながり、富士通デザインに入社しても業務のなかで実践していこうと考えていました。同じような問題意識を持った人が富士通にも存在していたことは、とても意外でしたね(笑)」(松本さん)。
松本さんはあしたのコミュニティーラボでもグラフィックレコーディングを担当。イベント終了後には、多くの人が写真撮影を行った。
活動を通じうれしい反応も得られています。あしたラボでもプロジェクトを紹介した「予防」が社会を変える~QOLを高める「予防歯科」の可能性~でグラレコを担当したとき、「終了後、プロジェクトの担当者の方からこれまで以上にコミュニケーションがとりやすくなった、とうれしいコメントをもらった」と振り返る松本さん。小針さんも一連のグラフィック表現に対する反応を、こう話します。
「話された内容を記録することだけでなく、聴き手の反応もグラフィックでは表現することができます。それがまた対話をするきっかけにもなる。そうした効果を話し手、聴き手 の双方に感じてもらえたのは、GCBとしてとてもうれしい反応です」(小針さん)
他方で、この活動を通して「働き方を見直そう」という裏テーマもあるのだとか――。「たとえばシステムエンジニアにしても、“自分はこのプロジェクトでやっていくしかないから・・・“と1つの世界に自分を閉じこめ、それだけが自分のすべてだと思ってほしくない。GCBを通じ、私自身が自分という“器”をつかい“いろんなコミュニティ・世界と関わりながら生きていくこともできるよ”ということを示したいです」(小針さん)。
GCBメンバーは富士通社内のみならず、社外にも活動の幅を広げています。「“働き方”を選択できる社会へ」をスローガンに掲げる一般社団法人at Will Workが2017年2月に開催した大規模イベント「働き方を考えるカンファレンス2017」ではGCBのメンバーがグラレコを披露し評判を呼びました。
現在GCBは富士通グループ内12名のメンバーで構成されているグラフィックカタリスト・ビオトープ。その名には「ビオトープ」、つまり多種多様な生物がお互いにつながりながら育つことのできる場所をつくりたい、そんな場になっていきたいという思いが込められています。ビオトープのように、今後は社外メンバーも誘発していきたい、と話します。
この活動が“創造的関係性”をどう生み出し、どのように広がっていくのか。今後も、あしたのコミュニティーラボではGCBの活動を引き続き追跡します。お楽しみに。
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