“対話”によって実現する、生活者視点のサステナビリティ──No Mapsワークショップ「私たちの可能性をはぐくみ、地図なき道を歩む」(前編)
こちらは2017年11月に「あしたのコミュニティーラボ」に掲載された記事を再掲載したものです。
人と人がつながり、新しい関係性を生み出し続ける社会や役割を模索するグラフィックカタリスト・ビオトープ(GCB)の活動。それにつながるものとして、多様な価値観をどう受容し社会を続けていくのか、「サステナビリティ」という言葉で表現される考え方がある。今、日本が直面するその難題に挑んでいるのが一般社団法人サステナビリティ・ダイアログの牧原ゆりえさんだ。今回、牧原さん主催のワークショップがクリエイティブカンファレンス「No Maps」の一角で行われた。本当のサステナビリティとは何か。そして「サステナビリティについての新しい認識」とは? GCBのメンバーも参画したこのワークショップと牧原さんへのインタビューを通じて考えていこう。前後編でお伝えする。
もとは公認会計士。幸せを感じられなくなり留学を決断
「サステナビリティ(持続可能性)」と「ダイアログ(対話)」をコンセプトに掲げる
一般社団法人サステナビリティ・ダイアログ。牧原ゆりえさんは同法人の代表理事として、北海道を拠点に活動している。
1997年に国際基督教大学を卒業した牧原さんは、東京の大手監査法人に就職。しばらく監査法人で公認会計士として活動していたが、結婚・出産を気に人生が変わった。
「子どもが生まれた頃、自分の生き方に迷いが生じたんです。子どもができてうれしい気持ちがある半面、必ずしもそのことに幸せを感じられない自分がいる……。今までも何に対しても“頑張ればなんとかなる”と思ってきたのですが、事態は好転しませんでした。そして、これだけうまくいかないのは、きっと何か学び残したことがあるからではないかと考えるようになり、38歳のときに公認会計士の仕事を辞め、スウェーデンへ「サステナビリティ」を学ぶために留学することを決断しました」(牧原さん)
一般社団法人サステナビリティ・ダイアログの牧原ゆりえさん。
ご家族も日本での仕事を休職し、牧原さんは家族で海を渡った。「スウェーデンがシングルマザーにも寛容で、かつ、英語で学べる大学が多かった」ことが牧原さんの決断を後押しした。
牧原さんは、2009年からスウェーデンの大学院で「サステナビリティ」と、そのための「リーダーシップ」に関する10カ月間のプログラムを受講し、そのまま留学期間を延長。結果的に足掛け4年半の年月をスウェーデンで過ごすことになる。大学院では「持続可能な社会のための戦略的なリーダーシップを学ぶ修士過程」「持続可能なプロダクト・サービス・システムズ・イノベーションを学ぶ修士課程」で学んでいる。
大学院で学んだ「サステナビリティ戦略フレームワーク」
スウェーデンは「持続可能な社会づくり」において、世界の先進国だと評価されている。それでもなおスウェーデンという国は「自分たちがいまだ持続可能でないことをはっきりと提言している」と牧原さん。
「大学院のプログラムは、こんな考えに基づいてつくられていました──食べ物、お金、エネルギー等々、私たちの周りには社会が持続していくために必要なもので満たされている。でも、1人ひとりの周囲にある見えない壁が“分断”を招き、結果として必要なものが必要とされるところに流れない状態を生んでいる。だからその分断を招く社会の仕組みを取り払わないかぎり、本当のサステナビリティにはならないのだと──。
また、スウェーデンでは民主的であること、個人が尊重されることに重きが置かれていて、「個人が自分の力で幸せになること」を支援するのが社会の第一の目標と考えられています。それをかなえるためにどうすればいいのかを理解し、行動していくために学ぶのがサステナビリティのプログラムで、社会の“分断”を取り払うあるいは乗り越えることのできる人材がリーダーである、と定義されていました」(牧原さん)
大学院のプログラムにはさまざまな国から、ヨガの先生、映画監督、コンサルタント、新卒の社会人など、多種多様な立場の人が集まっていた。
「文化も価値観も違う私たちがどうすればみんな幸せになれるのか──そんなテーマでふだんから対話をするんです。1人でがりがり勉強するような人がいれば「君たちが持続可能ではない」と注意されるようなクラスで、そういう人がいたら「みんなで外に連れ出して、寒空のもとでホットワインでも飲みなさい」なんて言われるプログラムでした。学生の側も、私と同様に「人生を変えたい!」「社会を変えたい!」という意気込みで来ている人 が多かったと思います」(牧原さん)
幸せの軸を見つける「ていねいな発展」
4年半の留学を終えた牧原さんは、大学院で学んだ「サステナビリティ戦略フレームワーク」を人に伝える活動を開始。北欧発の参加型リーダーシップトレーニング「Art ofHosting and Harvesting」や「グラフィック・ファシリテーション」などを、スウェーデン、デンマーク、スイス、日本において実践してきた。
・Art of Hosting and Harvesting
北欧発の参加型リーダーシップを学び、実践する、合宿型のトレーニングであり、「対話」で世界を変えられると信じて日々の暮らしを生きる実践者のコミュニティの名称。正式名称は「Art of Hosting and Harvesting Conversations and Work thatmatter」。人間にとって本当に大切な話、取り組みができるように自分を整え、先人 の知恵に学び、実践するプロセスをチームで学んでいく。
・グラフィック・ファシリテーション
多様な人と想いや願いを表出し、共通理解を確認しながら、深く核心をついた話し合いをするために、グラフィック(シンプルな絵や図)を活用すること。
札幌へ移住したのは2016年4月。「帰国するにあたり、私にとって“煽られるまち” である東京で再び生活する気持ちにはなれませんでした。もっといけるだろう、それが人生の正解だ、というメッセージを随所で感じてしまう。スウェーデンでの暮らしを知ってしまった私と家族に合う空気を探しているうちに、札幌へとたどり着いたんです」。
札幌移住後の2017年に「No Maps」が開催された。ここでNo Mapsとのコラボイベントを企画・運営する機会に恵まれる。このワークショップの主要テーマに選んだのが「ていねいな発展」だ。
「ていねいな発展」とは、チリの経済学者、マンフレッド・マックス=ニーフが『HumanScale Development』という著書で提唱したフレームワーク。いったいどんなものか?
チリは1980年代から2000年代にかけて急激な「経済成長」を遂げた。しかし「GDPなどの「数値」は上がったが、1人ひとりのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)は上がっていない。指標上では豊かだが、貧困な国になってしまっている」と気づいたマックス=ニーフは、「経済学は人を幸せにする学問であるべき」と立ち上がり、「ていねいな発展」を提唱した。そこから見えてきたのは、モノやサービスを上から導入し続ける旧来型の経済ではなく、それぞれの個人が本当に必要なものを基礎とした社会発展のあり方だった。
「今、社会はとても複雑で、変化のスピードもとても速い。すると「こうあれば幸せ」という軸が見つけにくくなり、まさに「地図がない」のが今の日本の状況です。では地図のないそんな時代に何を信頼すればよいのか──。一生懸命、何かのために働いていれば幸せになれる時代は終わり、自ら選択しなければいけない時代だからこそ、道に迷わないためのコンパスとして、この「ていねいな発展」の枠組みを伝えることが必要だと考えています」
No Mapsのワークショップでは、この少々難しい「ていねいな発展」が、牧原さん流のユニークなアレンジを施し、わかりやすく紹介された。その詳細は後編でお伝えする。
「自分の幸せって何だっけ?」と考えるきっかけづくり
牧原さんとともに、ワークショップのナビゲーターとして参画したのは、GCBの小針美紀さん。その当時、人材開発部門として、新人研修向けに行ったチームビルディング研修を企画・運営するうえで「Art of Hosting and Harvesting」「グラフィック・ファシリテーション」を行う牧原さんと知り合った。その体験・出会いは小針さんをGCBの活動へと導き、ワークショップなどで牧原さんともたびたび活動をともにするようになる。
2017年10月12日に開催されたワークショップ。タイトルは「私たちの可能性をはぐくみ、地図なき道を歩む──描いて、語って、想いをつなげるワークショップ」(主催:一般社団法人サステナビリティ・ダイアログ、協力:富士通株式会社、あしたのコミュニティーラボ、特別協力:No Maps実行委員会)
「(牧原さんは)対処というより根本の何かを変えながら、未来をつくっていると感じます。「サステナビリティ」というと壮大な言葉に聞こえがちですが、ふだんの生活のなかにも実はたくさんあると思っていて……。例えば、私は足を揉んで体内循環を促す健康法を4年ほど実践しています。これは一見、趣味ともとれますが、「体全体を整え、病気になりにくい体をつくる」という本質的な解に働きかけているとも言えます。ていねいな発展やサステナビリティを学ぶことは、私たちの生きる社会全体を整えていくことになると思うのです」(小針さん)
GCBとして、牧原さんのワークショップでグラフィックレコーディングを担当する小針美紀さん
では牧原さんは、北海道という地を拠点に、今後、日本社会をどのように変えようとしているのか。
「札幌に住もうが東京に住もうが、今、世界各地にサステナビリティが足りていないことには変わりはありません。だけど、ここを拠点にする以上は、北海道の人たちと一緒にサステナビリティをつくりたい」
ワークショップをナビゲートする牧原さん
「ていねいな発展は「自分の幸せって何だっけ?」と考えるきっかけになるもの。社会の見えない壁を取り払うリーダーになるために、より多くの方に体験していただきたいです」(牧原さん)
牧原さんに限らず、ずっと東京に暮らしている人のなかにも、どこか息苦しさを感じている人も多いのではないだろうか。東京という都市に限らず、今の日本社会全体に広がる空気感なのかもしれない。それはきっと、社会にある「こうあるべき」という価値観・幸せに固執するばかりで、多様な人それぞれの価値観・幸せに耳を傾け、目 を向けることができないから。「ていねいな発展」は、そんな「幸せの軸」を見つけられるワークだと感じるだろう。
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